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新聞やテレビで何十回も見た風景。。。
分かっていたつもりでしたが、何も分かっていませんでした。
大きな津波で壊滅的な被害を受けた陸前高田市。
約1,000名の方が亡くなり、800名を越える方が行方不明。(5月GW時点)
あまりにも甚大な被害に恐怖するとともにどこから手をつけていいのか呆然
としました。
両親を無くした子供、行方不明で会えない家族、家屋や職場を失い生活基盤
を失った方。救出も終えていない状態です。復旧もまだまだ入り口です。
復興の方向性もなかなか見出せません。
「なじょにかすっぺ」 なんとかしようと立ち上がろうとする被災地の方々。
我々の力は微力ですが、力を集め、継続することで少しでも復旧・復興に役に
立てればと思います。これからも継続して参りたいと思います。
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| 本来、住宅街と高田松原で海は見えるはずのない場所です。 この瓦礫の中に未だ800名近い方が救出を待っておられます。 |
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| 200mほど流された家屋内の捜索をする少林寺拳法チーム。逃げ場を確保しての作業。 遺影や通帳が出てきましたがこのお宅のものではないとのこと。。。 |
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| 中心におられる方のご実家の瓦礫の撤去。膨大な量で複数日かかりました。 | |
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| 陸前高田の中心街。何も残っていません。 | タンクローリー。中身はどうなっているのか。 |
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| 車も家もどこから来たのか。 | 屋上まで津波に襲われたJA。 |
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| スーパー堤防も跡形もなく。 | 行方不明者を探す自衛隊。 |
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| 瓦礫の撤去はこれからが本番。 | 看板の位置まで津波が来た。 |
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| 道も、家も全てが損壊。 | 陸橋の階段がない。 |
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| ショッピングセンターも壊滅。 | レジャーボートがここまで流されてきた。 |
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| 行方不明者の捜索で全国より 集まった警察車両と警察官 |
毎日多くの遺体が発見されます。 |
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| JR大船渡線。線路とは思えなかった。 | 4階まで津波にさらわれた。 |
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| 鉄筋の建物でも津波には勝てない。 | 助けてくれるはずの消防も。。。 |
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| 少林寺拳法のベースキャンプ | ベースキャンプ近くのVC。 ここで毎日登録。 |
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| 現場へ。道も瓦礫だらけで気を遣う。 | ボランティアの現場。途方に暮れるが 少林寺拳法パワーでやり遂げる! |
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| 他の団体とも協力しながら作業進める。 | 航空写真をもとに流された家屋を確認。 |
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| 左に見える倉も2階建てのはず。 重機で屋根を壊し捜索実施。 |
流された家屋の捜索。 |
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| 重機が入れない場所は手作業。 | 道院長。全員がヘルメットとマスクを しているので誰が誰やら。 |
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| だいぶ作業が進みました。 | 昼食。地元の方がおいしいりんごを 差し入れてくれました。とても嬉しい。 |
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| 被災者の方から説明を受ける新井会長。 | 少林寺拳法チーム(法量班) |
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| この道路を開通させて欲しいとの 新しい依頼が飛び込む。 |
少林寺拳法チームのパワーでこなす。 |
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| 1時間あまりで開通させました。 | 縫製工場前で休憩。余震注意。 |
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| 作業後VC前で。みなドロドロです。 | 入れ替わり立ち代りメンバーが変わる中 毎朝のお別れがとても寂しかった。 |
日本百景にも数えられた陸前高田市の高田松原。
3月11日までは約7万本の松が美しい砂浜に映え
ていました。
あの日、この7万本の松は陸前高田の街と共に20m
の大津波で全て流されてしまいした。
たった1本を除いて。。。
今ではこの1本は奇跡の1本として復興のシンボルと
なっています。
つないで陸高 なじょにがすっぺ!
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